中川 仁
本書「日本統治下における台湾語・客家語・蕃語資料」の『補巻』は、『広東の民話』(1944年)及び『台湾の歌謡と名著物語』(1917年)を所収したものです。
この『補巻』は、民俗学的な視点をも網羅し、その地域社会に残る固有の言語生活のなかで育まれてきた「民話」、「歌謡」、「小説」、「昔譚」、「物語」を蒐集したものです。とくに中国における広州地方の民話は、『広州民間故事』、『嶺南即事』、『嶺南聊齋』、『俗語傾談』などがあり、また『広州民間故事』は中山大学民俗学会が発行していた学会誌『民俗』に掲載され、それが廃刊されても、その後に復刻がなされています。そして劉萬章氏が広州市近郊の民話を蒐集し、それを「童話」、「趣話」、「喩言」、「俗傳事實」、「神話」、「地方伝説」にわけて、それらを中山大学語言歴史学研究所から発行した経緯もあります。
『広東の民話』は、「譚の部」の三種を『嶺南聊齋』から選び、それ以外のものは、『広州民間故事』から選んだもので、これらは編者の香坂順一氏及び竹村猛氏が配列したものです。もともとの考えとしては、純粋に日本の物語の類と中国の広州地方の物語の類とを比較し、異文化間における「物語性」と「語り」を追求したものであるといえます。
『台湾の歌謡と名著物語』は「台湾の歌謡」、「台湾の昔譚」、「台湾の小説」を蒐集し、一冊にまとめたものです。とくに台湾の「歌謡」、「昔話」、「小説」の類は、移民の島である歴史との関わりからみていく必要性があり、それは台湾各地にある廟から伺うことができます。その地に祭られている「神」の概念とその地の「言い伝え」、「風俗」、「慣習」などとの関連性を意味することから、移民してきた台湾の人々(本省人の層)の中国大陸での出身地をみることにより、その地の「歌謡」、「口承」「伝承」、「民話」、「語り」を民俗学的な視点で捉え、一つの芸術的な文化遺産として、中国大陸から台湾に移動しても、彼の地で生成させた口頭芸術として構築していったことがらを平澤平七氏が純粋に台湾の文化、文学を理解しようとして、蒐集したものであり、異文化としての文学的な視点から、その解釈とその内容の把握をおこなっていったものといえます。
植民地の文化理解は、彼の地の「風俗」、「慣習」を理解し、相手側の文化を捉え、それを統治のための一助として、為政者の文化的なことがらを押し付けようとします。しかしそれらの要素からこの二冊については、異なるものとして考えられ、それは純粋な域で、「民話」、「歌謡」、「昔話」、「小説」の類をその地に根付いた文化形態として、文学として捉え、口頭芸術として評価しようする試みがあったからであり、それらの点は特質すべきであったといえます。
この二冊については、口頭芸術の域として、人々の文化遺産としての芸術的な思考を表現したものなのです。
ここに当時考えられていた「純粋な域での文学」と「口頭芸術」を新たな視点で、再評価するための一冊です。