第3巻 家庭養護婦派遣事業-長野県上田市資料(1)
刊行にあたって
中嶌 洋
終戦直後の地方都市は、戦災や生活苦から免れ得ず、総じて暗影が覆っていた。それは地方都市のみならず、日本社会全体においても記憶に残らざるを得ない荒廃状態であった。その間、様々な制度・事業の創設・改革が行われ、膨大な関連資料が作成された。とりわけ、公的資料の保存期間は永年保存資料を除き、原則5年間と定められており、歴史資料館等への保存という幸運がなければ、大多数が破棄されてきているのが実情である。1956年4月、長野県で始動した家庭養護婦派遣事業というわが国初の組織的なホームヘルプ事業も、草創期の1950年代以降、組織化、衰退、全国普及などの起伏をみせるものの、資料の所在不明や発掘困難などにより、これまでその変動の過程を実証的に捉えられることがなかった。同県内でもっとも同事業の普及に熱心であったのが上田市であり、同市の実例に着目し、そのダイナミックな展開過程を第一次資料の発掘・整理を通じ、余すところなく収録したものが『現代日本の在宅介護福祉職成立過程資料集』である。
本書をまとめるにあたり、同事業の創設に尽力した上田市民の思想や生活を重視し、その実像に可能な限りアプローチを試みた。既存の概説書には留まらない生活者の苦悩や生活感に密着し、組織や個人の活動・実践を年代順に記録しつつ、公私両面から捉え直した本書は、これまでの文献類とは比較にならないほどの詳細かつ正確な内容を収めることになった。
今回、これまで破棄・散逸していると思われていた多くの第一次資料を上田市社会福祉協議会、上田市立図書館、県立長野図書館、長野県歴史館のほか、私宅からも数多く発掘し、原資料を項目ごとに分類・編纂した。これにより、わが国の社会事業史研究の一端であるホームヘルプ事業史研究の飛躍的進展に寄与することが考えられる。さらに、得られた地方都市の人々の生活像へのアプローチにより、ダイナミックに変動する現代日本社会への理解と、今後の方向性の認識の深化につながることを願う次第である。