刊行にあたって
吉村智博
日雇労働者の街として全国に名を馳せる「釜ヶ崎」。正式な地名としては地図の上からは消えて長い時間が経過したものの、国家と資本による空間編成と労働力再生産基盤の形成を象徴する存在として、今もコミュニティの機能は薄れてはいない。そしてつねに、大阪市西南部に位置する西成区の一角から日雇労働者の底力を発信しつつ、都市大阪の繁栄とともに、大正・昭和の時代を通じて都市型労働の供給地として激動の近現代史を刻み続けてきた。
関西圏の港湾・建設・土木現場での重労働に携わる労働者を斡旋する「寄せ場」機能を一手に担い、あわせて彼/彼女らの生活の場としても大きな役割を果たしている。ドヤ(簡易宿)での寝食、公園や路上での談笑、夏まつりでの遊興、越冬闘争での仲間同士の支援、労働組合を通じた団交など、日雇労働者の日常生活から紡ぎ出される思想、文化、運動がそこには根付いている。まさに世間の排除や差別に毅然と対抗し、時には権力(国家・地域)とも鋭く対峙しつつ、労働者の生きる権利と団結の自由を保持し続ける数少ない場所である。近年は、住環境や野宿の問題、さらに就労支援など、釜ヶ崎を取り巻く環境は大きく変化しつつある。この資料集は、都市大阪の周縁空間として作為的に創出された地域でありながらも、釜ヶ崎の地で日本の経済活動の根幹を下支えしてきた数多の名も無き日雇労働者たちの生きた証しの集大成である。