刊行にあたって
ボルジギン ブレンサイン
戦前期の日本は内モンゴルの中部や東部地域を植民地の一部として支配していた。それは内モンゴルにとっても日本にとっても深い歴史の記憶として残されている。その間、多くの実態調査が行われ、日本語で膨大な調査資料が残された。また日本が支配し、綿密な調査を行った地域の多くは伝統的な遊牧社会から農耕社会へ急激に変化していた地域であり、調査が行われた時代も急速に変容していた時代と重なるのである。「モンゴル世界」の一部であり、中国周縁地域の一部でもあった近現代内モンゴルにおけるダイナミックな社会変動のプロセスを把握する第一級の史料がこの資料集に収める戦前期に刊行された日本語による「モンゴル社会関係実態調査資料」である。
これらの調査は「満洲国」とその関連機関が独自の生活形態を持つモンゴル人社会に対して有効な支配を確立するために実施したものである。その成果である報告書には近代的な手法によって調査された家族を単位とする詳細な経済・社会関係のデータが記述され、部族や集団の歴史を年代順に記録した従来のモンゴル史の文献とは比較にならないほど詳細な内容となっている。
今回、近現代内モンゴルの社会変化を研究する際に最重要視されるべき存在でありながら、これまで検証、活用がすすまなかった、これら調査報告書を「戦前期モンゴル社会関係実態調査資料集成」として編纂することによってモンゴル社会史研究の進展が期待される。さらに新たに得られるモンゴル社会の歴史像を通して、ダイナミックに変動する現代モンゴル社会の理解が深まれば幸いである。