『写真記録「満洲」生活の記憶』刊行にあたって
監修者を代表して 沈  潔
“満洲”の生活をビジュアルに、立体的に描き出したいという考えを、以前から持ち続けてきた。この願望を実現させる契機は、滋賀大学経済学部教授であった故中嶌太一先生が歳月をかけて集めた満洲写真記録の数冊がご夫人の中嶌邦先生によって私に手渡されたことであった。受け取ったこの数冊の写真記録の重さを感じ、それを何とか復刻できないかと、近現代資料刊行会に相談すると、快諾を得た。それらを中心としてさらに各地に散在している写真記録をできる限り蒐集し、ついに刊行するに至った。この場を借りて、故中嶌太一先生に感謝の意を表したい。
本シリーズの主な特色は、「政治の主役は政治家だが、生活の主役は庶民である」という視点から、「庶民の生活」を念頭に置きながら、様々な場面で映された「生活」中心のシーンを選んで、全6巻に構成したことである。これまで植民地支配の歴史研究の中で見過ごされてきた子供の生活や女性の生活、そして救済施設に収容された貧困者の生活を撮った写真記録を再現しえたことは、従来の歴史研究に対し独自の観点を形成し、特別な意味を持つものと思われる。
また、ビジュアルな資料を掲載できるスペースが限られている「正規」な歴史教科書などと違って、本シリーズはこれまでの「文字による歴史が主流」という「慣例」をある程度覆し、より分かりやすく、より「歴史の現場」に近づけようとする「ビジュアル・ヒストリー」的な企画である。写真資料の持つ意義・価値をより多くの方に共感いただき、文字資料と違う写真資料の説得力が改めて見いだされることを期待したい。
しかし、「あるがまま」の写真資料の画像から当時の満洲生活を読み取るだけでなく、その写真の裏に隠されている史実を掘り起こすことも非常に重要である。近代植民地支配の歴史は往々にして、支配者が標榜した「王道楽土」だけではなく、「開発」と「略奪」、「文明化」と「奴隷化」が平行して同時進行する「複雑な」歴史の経緯がある。植民地支配の歴史を眺めるとき、この複眼的な視点を持ち続けていなければ、どちらかに偏ってしまい、主観的な視点に凭れる結末に陥るおそれもある。その予備知識として、本シリーズの別冊に掲載される諸先生の解説や学界の最新研究業績などを併せてご参考にされるよう、望む次第である。